富川岳が8県40人に会って学んだ “これからの地域プロデュ―ス” ローカルプロデューサーがゆく3月学びの旅 報告会レポート 【前編】

 

5/19に東京・原宿で「ローカルプロデューサーがゆく3月学びの旅 報告会」が開かれました。

主催者は2年前に東京から岩手県・遠野市の山奥に移住した、ローカルプロデューサーの富川岳さん。
富川さんは、3/4~3/17の2週間で8県を巡る旅を敢行し、各地で活躍するプレイヤーを、なんと40人も一気呵成に訪ねてきたのだそうです。彼がその旅で学んだ「今後地域をプロデュースしていく上で求められること」とは?

以下は、彼の遠野でのローカルプロデューサーとしての2年間の活動内容とも併せて、3月の旅で得た学びを完全披露した、報告会のレポートです。地域プロデュースに関わる人は必見ですよ~!

 

前半ではまず、東京から遠野に移住した広告プロデューサーがローカルプロデューサーになるまでの奮闘の様子が語られました。

 

 

 

 

語り手:富川岳(ガク)

ローカルプロデューサー

1987年1月19日生まれ。新潟出身。新卒で東京の広告代理店に入社。WEBマーケティングや広告プロデュ―スを学んだのちに、2017年に岩手県遠野市へ移住。移住後「Next Commons Lab遠野」の立ち上げに携わったのち、ひとり広告代理店「富川屋」を創業。さらに、遠野物語などの遠野文化や歴史を新しい形に活用していくことを考える任意団体「to know」を立ち上げ、代表をつとめる。郷土芸能「しし踊り」の舞い手でもある。今回の聞き手・柳瀬武彦さんと共に「ゆらしにきました」というユニットを組み、定期的に、仲良くなりたい人を呼んでカレーを食べるイベント「ゆらしナイト」を開催している。

 

聞き手:柳瀬武彦(タケ)

プランナー・コピーライター

1986年3月27日生まれ。東京都練馬区出身。イベント制作会社、クリエイティブカンパニーを経て、2017年に独立。地域の魅力発信広報や社会課題解決型プロジェクト、企業のコミュニティデザインを中心に活動中。東京都に住みながら、自然豊かな埼玉県小川町へも週に1~2回通う1.5拠点生活を最近スタート。今回の報告会会場「Humans」のパートナーでもある。2012年に富川さんと出会い意気投合してから、ユニット「ゆらしにきました」を結成。

 

 

 

 

 

 

 東京 → 遠野に移住した ローカルプロデューサー 2年間の活動

 ▲会場には岩手県・遠野産のどぶろくリキュール、濃厚ジュースが用意され、参加者にふるまわれた



 

タケ:こんにちは! 富川岳と、「ゆらしにきました」というユニットを組んでいるタケと申します。今日は僕が聞き手となって、進行していきます。

 

 

 

タケ:まず、みんなが気になってるのは「今回、ガクが学びの旅に出た理由」だと思うのですが……その前に聞きたいのが、この2年間、岳は何してたの? ってこと(笑)。SNSの更新を見ていると、なんとなくの様子は垣間見えるものの、東京から遠野へ移住してからの、具体的な活動内容が分からなくて。

 

 

ガク:確かにそうですよね……(笑)。僕は元々、東京で、博報堂のデジタル系の広告会社「スパイスボックス」に新卒で入社したあと、途中、3年ほど博報堂にも籍を置いたりして、WEBマーケティングなどの、広告プロデューサー業をしていました。

その時からなんとなく「いつまでも東京にはいないだろうな」とか、「どこかで地域に入りこんだ仕事をしたいな」と考えていて。そうしたら2016年に、「Next Commons Lab(ネクストコモンズラボ)」の発案者である林篤志さんから縁あって声がかかり、プロジェクトメンバーのひとりとして、現地に移住して「Next Commons Lab遠野」の立ち上げをすることになったんです。

 

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※Next Commons Labとは※

新しい働き方や暮らし方を実践するためのプラットフォーム。
異文化で活躍するクリエイターや起業家、最先端の技術を持った企業、地域の資源や人材をつなぎ合わせる。

▲「Next Commons Lab遠野」

 

「Next Commons Lab遠野」の立ち上げプロジェクトにあたり、全国から14名のプロジェクトメンバーが採用され、遠野市に移住し起業した。採用されたメンバーは、総務省の「地域おこし協力隊」の制度を活用して、3年間・月額16万円程度の所得補償を受けられる。

(キリンなどの企業がプロジェクト・パートナーとなった)

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今では、奈良県の奥大和地域や石川県の加賀市、宮城県の南三陸町など、全国に10拠点ほどあるNext Commons Labの拠点ですが、その1拠点目になったのが「Next Commons Lab遠野」でした。今日の会場「Humans」は、イベントスペース兼「Next Commons Lab」メンバーの東京オフィスでもあるんですよ。

 

 

▲岩手県のほぼ中心に位置する遠野。東京23区がすっぽり入るほどの大きさがあり、総人口は約2万8千人。(23区の総人口数は約921万人)富川さんいわく、人より動物の方が多いそう

 

 

 

 

 

ひとり広告代理店の開業と『遠野物語』との出会い

 

 

 

タケ:移住してからは、どんな暮らしをしてたの?

 

 

 

ガク:移住して1年間は、「Next Commons Lab遠野」の立ち上げ業務をメインにしていました。

 

 

 

そのあとに僕が、フリーランスのローカルプロデューサーとして遠野で始めた活動は、大きく2つあります。ひとつは遠野で起業した、ひとり広告代理店「富川屋」としての企画・制作業。もうひとつは「to know」の運営です。「to know」では、"その土地の物語を編み直し、"いま"を生きる人々の糧とする。"として、『遠野物語』を中心とした遠野の歴史や文化を魅力的に伝える企画をしたり、デザインをしたりしています。

 

 

 

 遠野は、カッパや座敷童子といった民俗学的な現象が色濃く残る、民俗学の聖地。『遠野物語』っていう本があるんですが、遠野に伝わってきた色んな現象や、昔の人々が何を神様として信仰していたか? というような土着的な信仰の話、さらに山の神、水の神などの、遠野に伝わる119個の民話を、日本の民俗学の父と言われる柳田国男が、地域の人から聞いて一冊にまとめた本なんです。

 

 

 

タケ:もともと遠野物語に興味があったの?

 

ガク:遠野で活動する中で知りました。それでめちゃくちゃ面白いなと思いまして。この面白い! と感じたことを、もっと伝わる形に落としていきたいと考え、「to know」の活動を始めました。

 

 

 

 

 

今は、中高生や遠野に戻ってきた大人たちが、遠野物語の面白さを知る機会が少ないのが現状で、遠野で遠野物語を研究したり活用する人が不足しています。けれども、「遠野物語」は観光の代表的資源でもあるので、遠野の人たちには、世代を問わず、遠野物語をもっと深く知ってもらう機会をつくる必要があると思ったんです。

 

▲富川さんには、遠野で出会った、遠野物語や遠野の文化・歴史にとても詳しい75歳の師匠がいるそうです。「師匠に聞いた話を、どういう企画に展開できるか?などと考えながら、『to know』は進めています」とのこと。

 

 

タケ:具体的にはどんな活動を?

 

ガク:例えば、去年1年は、一部行政の助成金ももらって、小学校の演劇のプロデュースをしていました。元々その小学校では40年ほど毎年、遠野物語をモチーフにした演劇をしてきたんですが、その演劇をはじめてみた時に、すごく感動してしまって。校長先生に何か手伝わせてほしいと話しに行ったのが、この活動のきっかけです。

 

 

それからプロモーション活動や舞台美術の強化、海外のダンサーを呼んで子どもたちに授業してもらうなどの取り組みをしました。このプロデュース業は、今年もやる予定です。

 

 

 

to knowとしては、今年はさらに自主制作で本を作ったり、商品開発をしたり、スタディツアーを開発したり……新たな事業に育てていきたいプロジェクトがいくつかありますね。

 

 

 

 

 

99%の収入は遠野で生まれた仕事! スキルはあとからついてきた 

 

 

 

タケ:じゃあ今の収入源は、ひとり広告代理店「富川屋」と「to know」の2つということ?

 

ガク:いや、正直「to know」はまだまだ。軌道に乗せるにはもう少し時間がかかるかな。現在の収益のほとんどは、ひとり広告代理店「富川屋」としての仕事です。それと、地域おこし協力隊員として、3年間、行政から毎月手取りで14万円もらっています。

 

タケ:東京から地方に飛び込む人の不安のひとつは、急に地方に行って仕事はあるのか? ってことだと思うんだけど、「富川屋」の仕事はどこからの依頼なの? 東京からのお付き合いのクライアントとか?

 

 

ガク:いや、「富川屋」として2年間仕事してきた99%は遠野で発生した仕事です。

 


遠野はホップの栽培面積が日本一で、行政もかなり力をいれて「ビールの町づくり」を進めています。遠野のホップはもう50年以上、全てキリンが買い上げているんですが、今、ホップ生産量の減少が課題になっているんですね。そこで、それを解決しながら、さらにその先の、遠野を「ビールの里」にしようという取り組みを、遠野市とキリン、そしてNext Commons Lab遠野がきっかけで移住し、ブルワリーを立ち上げたメンバーを中心に進めてます。

 

国産ホップの生産量を維持していくことで、自分たちのオリジナリティが保たれ、商品が引き立ち、売れていくというサイクルが生まれるんです。今遠野では、そのような、全国的にも注目される新しい動きが生まれているんですよ。

 

そんなプロジェクト「Brewing Tono」の一番最初のビジュアル制作が、富川屋としてのはじめての仕事でした。それはタケと一緒に作ったんだよね。

 

タケ:そうだったね。

 

ガク:その他に、移住者を増やす冊子の作成や、地域の民宿のポストカード作成、遠野の設計事務所のコンサルティング、米袋のパッケージデザイン、どぶろくを醸造されている方のWEBサイトの制作など……  元々僕は、デジタル系のデザインのプロデュースの知見しかなかったんですが、地域ではそんなの関係なく、「デザインの仕事をする人でしょ?」と様々な依頼が来るわけです(笑)。

 

 

そこで断らずグラフィックデザインの仕事も受けたり、撮影をできるようになって動画制作のお仕事も受けるようになったりしているうちに、出来ることが増えて、どんどんお仕事が増えていったという感じ。やらざるをえない環境で、技術があとから付いてきたという方が正しいんですが(笑)。

 

▲移住して1年後に遠野で出会った女性とご結婚もされた富川さん。集落での45年ぶりの“昔ながら挙式”ということで、市長と副市長も参列されたのだとか……! 今住んでいる家の年間家賃は5,400円なのだそうです。活動外の、遠野での暮らしも気になる……!

 

 

 

 

脱・受注業務! これからのローカルプロデューサーに求められることを学ぶ旅へ

 

 

タケ:なるほど。東京から遠野に急に移住した広告プロデューサーが、ローカルプロデューサーとして活動した2年間のことはざっくり報告できた気がするね(笑)。それでは、やっと本題へ。今回、ガクは何故「学びの旅」に出たのか?

 

 

ガク:遠野に来てもうすぐ3年。つまり、手取りで月に14万円もらえていた地域おこし協力隊の任期が8月末で終わるという状況があるので、これからもっと事業を軌道に乗せていく必要があります。

 

 

その事業の大半を占める「富川屋」ですが、今みたいな受注業務だけで続けていては、自転車操業的な暮らしになってしまい、結構大変。それで、これからローカルプロデューサーとして、しっかり根を張って活動していくためには、何が必要なのか、本気で学び考えないと! と思ったのが、旅に出た理由のひとつです。

 

もうひとつは、「to know」の活動で、今年は新たなお土産づくりなど新規のプロダクトに取り組みたいなと思っている中で、地域の土着的な文化や歴史を、他県の地域づくりに関わっている人たちは、どんな風に企画やデザインに取り入れて、魅力的な発信に変えているのかを知りたいと思ったから。

 

 

それで色んな人に直接会って話を聞きたいと思ったんですが、昔から遠野にある「西国巡礼」という、村の住民がお金を出し合って若者を西へ旅させた文化にならって、今回は西日本を旅することにしました。地域おこし協力隊で使える視察費の期限も年度末で、もうギリギリだったので、ここで使おう!と(笑)。

 

 

それで、8県を回って、地域プロデューサー、デザイナー、バイヤー、市役所の人など、約40人の人にお会いしたわけですが、全員紹介すると、何時間あっても足りないので、今回は「店」「街」「物」という3つのテーマに沿ってピックアップした、3名の方からの学びを共有できればと思います!

 

▲旅から帰ってきてから、頭の中の情報量がパンパンになりすぎたので、一度吐き出して整理したい! と、今回の報告会を設けた富川さん

 

 

 

レポート後半では、福岡県・八女「うなぎの寝床」の白水高広さん、兵庫県・城崎の「城崎国際アートセンター」館長の田口幹也さん、神戸・垂水のデザイン事務所「TRUNK DESIGN」堀内康広さんから、富川さんが得た学びについて報告します。

 

 

さらに、滋賀県長浜市から招いたスペシャルゲストが、今進行中の気になるプロジェクトについても話してくれるかも……? 気になる内容は後編にて。括目して待て~!

 

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